[最後と起まり]prologue
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[十一月十三日(火曜日)]
――――世界に見放された人は人ではない ヒト と成るしかないのだろうか。
もう少し後で使うことになると思っていた買ったばかりのコート、外はそれがないと歩けないくらいの寒さ。
季節は冬。十一月も中頃に差し掛かった。
寒いのも当然といえば当然。
――――そこは、蒼く白い世界。
目の前には太陽の対となる月に照らされた世界。
太陽が昇っているときとはまったく違う、もう一つの世界が広がっている。
こんなに明るいのに、世界を照らす蒼月は欠けた半月。
――――そのただあおく、蒼く澄みきった色をした蒼月の真下で、� ��たし鷹縞涼未(たかしますずみ)は彼の最期を看取る。
それが唯一つ残されたわたしが彼にしてあげられる、コト。だから。
彼は私のひざの上に頭を乗せて唯ただぼうっ、と空を見ている。
その虚ろな眼は日本人の黒い瞳でありながら月の光を微かにだけど返し光っているように見える。
まるで、太陽と月が日々行っている行動を、月と彼がしているように見えて――――私も月を見上げた。
あと数時間もすればこの月も空の彼方へ行ってしまい、まぶしい太陽が昇ってくるだろう。
視線を落とすと、彼はまだ月を見ている。
でも、まぶたはあと少しで閉じてしまいそう。
そんな彼を見る、彼はわたしより年上で、だって言うのにその表情や顔つきを見ているとわたしよりずっと年下に� ��見える。
名前は、結局――――最後まで聞かなかった。
だから、最後の最後のこんな状況でも。
わたしの中で彼は『彼』のままだった。
一週間前。
初めて彼と出会った、その時のことは忘れたくても忘れられない。
今ならきっと、どんなにくだらない事も思い出せる。
でも、それはできない。
今、『結果』である彼の最期を看取っているわたしには過去を思い出して泣いてあげることはできないから。
それに、一言も言葉にはしていないけど、彼は自分のことは忘れてほしいと想っていた。
ほとんど『遺言』に近い彼の想いを、わたしは守ってあげたい。
でも、これが最期なら、最期の最後なんだから、しっかりと思い出してそれをずっと心の奥に留めて置いていいで しょう。
[死を掌る]/1
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七日前[十一月六日(火曜日)]
目の前には一人の男の人、正確な年齢まではわからないけど多分二十代前半くらい。
場所は喫茶店『灯火』。
商店街の中にある店で実は隠れた名店だ。
わたしは店に入るなり店のマスターである水香さんにコーヒーを頼んだ。
マスターと言っても水香さんは女性だけど、だれもそれに突っ込まない。
「…………で、さっき言ってた言葉の意味、聞きたいんだけど」
「……その、ゴメン。やっぱり忘れてくれないかな?後をつけたのは謝るからさ」
「答えになってないわ。わたしはあなたが言った言葉の意味を教えてほしいんだけど」
じっ、と目の前の男の人の眼を 見る。
――――もし、彼がそうなら。
彼が、わたしの予想の通りなら。
彼は――――
その日の朝は、十一月になって初めての雨が降っていた。
もう十一月というだけあって雨は肌寒く、少し前のように蒸し暑い中で雨が降るなんてことはなくなった。
ただ、ただ冷たいだけの雨が外では降っている。
わたしはその雨が厭だ、という単純な理由だけで学校をサボって部屋で寝ていたりする。
マンションの一室がわたしの部屋で現在は一人暮らし。
だから部屋の中にいても誰にも文句を言われないし、ついでに心配もされない。
今は朝の九時、テレビで朝の運勢を見ながら自分の携帯を見る。
学校では丁度朝のホームルームが終わった頃だ、そろそろ携帯が鳴る。
ヴヴヴ� ��ヴッ、ヴヴヴヴヴッ。と少ししてわたしの携帯が鳴る。
それを手にとる。
届いたのはメール、内容まで私の予想していた通りだった。
――今日も休むの?
それともちゃんと、午後からは出てくる?
ちゃんと返事ちょうだい――
メールの内容はそれだけ。
差出人は私の友人でクラスメイトの織夜藍(おりやあい)。
簡潔に必要なことだけを書いたその女の子らしくはない事務的な内容の通り、彼女はしっかりとした人間だ。
…………わたしも絵文字とか変な略語なんて使わないけど、せめてもう一言二言でいいから欲しかったりする。
「わたしからの返事の内容は変わらないんだけどね」
呟いて、メールの返事を打つ。
一人で、物音一つしない部屋で携帯をいじる。< br/> わたしは携帯を年中マナーモードにしてあるのでテンキーのプッシュ音もしない。聞こえるのは微かなカコカコと携帯自体からする音。
それも外から聞こえる雨と風の音でかき消される。
現実離れしてるくらいに、外からする雨以外聞こえない。
――今日は有給――
さっさとエンターキーを押して送信。
携帯を机の上に置くとベッドに潜り込む。
……寝よ。
ベッドの中にはいるとすぐに眠くなってきた。
雨の音が余計に眠気を誘う。
「雨の音は好きなんだけどね」
濡れるのが気に食わない、なんて藍に言ったらどんなことを言われるだろう。
その後、目が覚めたのはそろそろ昼時の十一時半。
こんな時間に目が覚めてしまうのは、困ってしまう。
今から学校� ��行けば、ちょうどお昼休みに間に合う。
ちょうど、学食でお昼が食べれておまけに午後からの授業に出れる。
…………なんていうか、それは魅力的だ。
ディオニュソスは、住んでいる
――――いろいろ悩んだりしたけど、わたしは制服に着替えた。
外を見たときに雨が降っていなかったのも理由になる。
「こんなことなら、藍にあんなメール送るんじゃなかったなぁ」
部屋の鍵を閉めて、エレベーターに向かって廊下を歩く。
廊下から見えるのはビル、ビル、ビル。
ここは、わたしの住む藤彩市でも一番ビルが多くてゴツゴツとした感じのする場所だ。
ほとんどのビルが十五階建て以上の高層ビルでわたしの住むマンションもそのご多分にもれず二十五階建てだったりする。
完璧に計算して造った街、である藤彩市だからなのだろう、この街では日照権や土地問題で抗議してくる人間はいないそうだ。
� ��そんなどうでもいいと言えば、どうでもいい事をぼーっと考えながら学校への近道になる公園を通る。
確かこの公園も覚えるのがイヤになるくらいに長い名前があったんだけどな。
みんな『藤彩公園』かそれ以外ならほとんどの人が『中央公園』としか呼んでいない。
どうして『中央公園』かと言うとこの公園、藤彩市のど真ん中にあるのだ。
わかりやすいことこの上ないんだけど、それ以上に、この公園の位置と大きさが問題だったりする。端から端まで一キロ以上あって、おまけに場所によればそれ以上。
ここ藤彩市は、山と山の間にある大きな盆地と真ん中にあった湖を埋め立てた場所なのでどうしても街の形が細長くなってしまう。
そしてその湖を埋め立てたところ全部を大きな公園にしてし� �ったもんだから、いびつな湖の形の公園ができてしまった。
そんな公園が街の真ん中にあって、その周りに街があるもんだから車で移動しない限り、この公園を歩くことになってしまう。
まさに『中央』公園だ。
……良くも悪くも、だけど。
降っていた雨もここ一時間くらいで止んだのではないらしく、公園を通るアスファルトはだいぶ乾いていた。
アスファルトもわざと土色にしてあるので公園っていうよりも森と例えた方がしっくりとくる。
それくらいに、木々が生い茂っているのだ。
――――と。
今日はいつもよりはっきりと、ソレを観てしまう。
「…………………………」
わたしの視線の先にはベンチがあり、ひとりの中年の男の人が座っている。
年齢は四十歳くら� ��でサラリーマン風。
時間からしてお昼を食べているってかんじに見えなくもない。
でも、わたしの眼にはそれ以外のものが観えている。
「はぁ」
重いため息を一つ。
わたしには、人には決して言えないことが一つだけある。
なんと言うか…………観えるのだ、ソレが。
人の『死』とでも例えればいいのか、それが観えてしまうのだ。
――――どうも、わたしの眼は生まれつきちょっとおかしくて、人の残された人生の『死』ぬまでの残された『量』をそのまま眼で観てしまえる。
ろうそくをわたしの観ているものに例えればわかりやすいと思う。
『死』は誰でも持ってるろうそく。
『量』はその人の残された人生。
そしてその『量』が無くなれば人は死んでしまう。
� ��でも――わたしにはその事を知っていてもどうする事も出来ない。
人が死ぬまでの時間は千差万別だし、なによりそれこそが運命って言葉そのものだと思う。
それが観えてしまうわたしは、はっきり言って、この世界にいてはいけない人間なんだと思う。
わたしにそれを教えてくれたのはわたしの祖父だった。
物心がついた時、多分わたしの中での一番古い記憶、その時にわたしは理解した。
子供だったわたしは、ある日祖父の『量』を偶然に観てしっまった、祖父の『量』はごくわずかしか観えなかった。
けどそれは個人差だと思っていた、多い人も、少ない人も、年齢も、性別も、バラバラだったから。
数日後――祖父が他界してしまうまでは…………
それを幼いながらにもおぼろげに� ��解したわたしは恐くなって部屋に閉じこもってしまった。
なんとか立ち直れたのは家族のおかげだけど、その時には家族の秘密も知ってしまうことになった。
…………ばらしてしまうと、変な力を持っていたのは家族の中でわたしだけではなかった。
というか、わたしの家の一族の大抵がこんな人には持てない筈の力を持ってることが多い。
たとえばワタシノ母親は人の心の色が観えるという。
喜怒哀楽の色が眼に映るそうだ。
昔、家で花瓶を割った時なんてわたしの心の色を観ていきなり叱られたことがある。
基本的にはあまり人に話すような力じゃないから家族でも聞かないと知らないままのほうが多い。
わたしとしてもあまり興味がないから聞いてないけど、上の二人の姉もそうだと� ��う。
家に婿入りした父はそんなすごい力は無いみたいだけど、それでもわたしの家の一族に婿入りを許してもらったんだから何かの力があるはず。
「でも、今日のは特別に強いわね」
この眼で人の『死』を観ようとしても普段のわたしには観ることができない。
それどころか、何時この力が現れるのかも自分でわからない。
本来ならこれだけ離れていたらあの男の人の『量』も見えないはずなんだけど。
わたしは男の人の『量』をできるだけ観ないようにするために視線を合わせないように通りすぎる。
それだけ気をつけてるのに、どうしても見てしまう。
男の人の表情は普通だし、どこもおかしいところは無い。
普通の人の眼から見れば…………
私の眼を通してみれば、残り少な い『量』が映っていると思う。
光ってる、とか『量』そのものが見えている、とかじゃなくてどちらかというと眼が感じている。
そちらの方が正しいのかもしれない。
――――多分、あとに三日もないんだ。
男の人が後ろに消えて見えなくなってきた頃にその言葉が浮かんできた。
でも、わたしにはそれを『知る』ことしかできない。
どうする事も出来ない。
かりにどうにか出来たとしても、わたしは絶対にそれをしないと思う。
わたしにできるのは、見とどけることだけ。
少し早足になって公園をぬけ、そのまま商店街に入る。
ここを通って行くと学校につく。
今日は平日ということもあって、人通りは休みのそれに比べて少ない。
その喧騒の中を歩く。
私� �眼が突然街にいる人の『量』を観ることはない。
さっきも言ったように、非常に気まぐれなわたしの眼は普段はそうそう発動してくれない。
多分わたしが観ようとすれば観れないこともないんだろうけど、無理をして観るものじゃあない。
――――本当に、この眼がいつでも、誰でも。
『死』が観えてしまうなんてことになったら、わたしは本当にまともではいられない。
きっと、生まれつきこの眼を持ってるわたしには、自然と一番弱い力のままで生まれてきたんだと思う。
それが成長して、使い方が解かってきたら少しずつ力も強くなっていくんだ。
使えば使うほどに、人から離れていってしまうような眼を持つわたしにはあまりよろしくない話だけど、事実わたしはこの眼を子供の頃より格段にうまく使えるようになっている。
わたし以外の人にはきっとわかってもらえないことだろうけど、こんな眼はいらない。
そんなことをぐるぐると考えながら昼時の商店街を歩く。
――――と 。
なんだろう、誰かに見られてる。
立ち止まって、ぐるりと見回してみる。
でも、誰もわたしなんて見ていない。
おかしいな、これでもわたしは結構勘が鋭い方なのだけど…………
立ち止まっていてもしょうがないので、気を取り直して学校に向かう。
こんな時間に街を歩いているんだから、誰かに物珍しそうに見られても文句は言えないし。
――――と、また視線。
よっぽど私のことが珍しいのか。
わたしは、あえてふり向かずに歩く。
そのまま商店街を抜け、駅を通りすぎて学校への専用の通学路に入る。
駅を通りすぎると大きな並木道があり、その先にわたしの通う『水冷咲(すいれいさき)高校』がある。
普通、ここまで来ればさっきの視線も感じないと思っ たんだけど。
後ろからさっきから気配が追ってくる。
そろそろ、という頃合を見計らって立ち止まる。
そのままじっ、と待つ。
後ろの気配は一瞬迷った後、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
木の影なんかに隠れられないように十分に引き付け――――
ばっと振り返る。
…………居たのは、一人の男の子。
いきなりふり向いたわたしを見て、びっくりして固まっている。
見た目は……多分わたしより年上、確実に一つか二つは上だと思う。
それはわかるんだけど、彼の全体の雰囲気がそれを否定してる。
ボサボサに伸ばした髪は自分で切っているのか長さがバラバラで、男の人にしては大き目の目があいまって可愛い野良犬って感じ。
野良犬って言うのは、なんてい うかわたしに興味があるくせにどこかで警戒してるような微妙な表情だからだ。
「あの、わたしに何かようですか?」
とりあえず、冷静に質問する。
――――男の子……いや、男の人に質問してみる。
「え……と、その。ごめん、悪気があってついて来たわけじゃないんだ」
やっと口を開いたかと思うと、人懐っこい笑顔でわたしに頭を下げた。
その彼の行動で、さっきまであった彼への不信感とか、いろんなものが消えていく。
「あの、それで。何かようですか?」
それでもやっぱりもう一度聞き返す。今度はいくぶん落ち着いた声になる様につとめながら。
「あ、うーん、その。うん、見えなかったからついて来たんだ。もしかしたら…………と、思って」
男の人は、自分が変質者にな� �てもいいのか、突然よく分からないことを呟く。
後になって気がつくけど、きっと彼はその言葉を聞いたわたしが、さっさと逃げ出すものだと思って口から出た言葉だったんだと思う。
―――ーでも。その。言葉は。
目の前の男の人がいった言葉は、わたしには、
――――酷くわからない。
わたしにはよく分かる。
――――意味不明の言葉。
聞きなれないけど、わたしの中に染み込んでいく……考えなれた言葉。
だってそれは、わたしには酷くわかりやすい。――――表現。
これが彼とのはじめての出会い。
まったく、思い出しても、本当にワケがわからない。
いや、分かりたくないだけなんだろうけど。
情緒もなければ運命的でもなんでもない、彼がただわたしを見つ けて後をついてきただけ。
わたしからしてみれば、ただの迷惑な人。
そんな第一印象が不審者のその人が一番の理解者になるなんて、普通なら考えられない……
何で、こんな出会いをしたんだろうか。
もっとこう……普通の出会いでもよかったと思うんだけど。
だって、それだけでも私達には普通じゃないはずなのに。
こんな、ある意味で最悪な出会いなんてしてしまったのか……
――――でも、わたしには。
初めて会った同じ力を持った人だったから。
そんなことがあったのが今から三十分ほど前。
「それで?そろそろ話してくれないかしら」
多分、彼もうすうす気がついてると思う。
自分の読み通りだということに。
もし彼がそうなら。
「……� ��…わかった。いちおう言っておくけど、これは僕の独り言だから」
わたしへの優しさ、とでも受け取ればいいのか。
彼は自分の話を聞いた後でももしわたしが自分はそんなことがない、と言い逃れができるようにそんなことを言う。
「わかった」
「――――ふぅ。…………僕は、見えるんだ」
わたしの予想通りの言葉が返ってくる。
できることなら、あまり聴きたくはなかった言葉。
「その、何が?って聞かないの?」
「…………なんとなく、予想できてる」
「……わかった」
――――短く答え、彼は続ける。
「……うん、わかった。続けるよ、僕には人の『死』がみえるんだ。それが君にはみることができなかった。だからもしかしたら僕と同じ力を持ってるんじゃないかな。と思って君の後ろをつけたんだ」
ここまで予想通りのことを言われると、なんて言っていいのか本当にわからない。
とりあえず、目の前にいるこの男の人は私と同じ、人の『死』ぬまでの『量』を見れるみたいだ。
ただ、わたしなんかよりもずっと強い力を持っているのか、いつでも自分の好きなときに力を使えるみたいだけど。
時々、思い出したように見えてしまう私の目とは比べ物にならない。
「わたしもあなたと同じ力を持ってる」
「じゃあ、やっぱり。君も同じなんだ」
仲間が� �つかったのが嬉しいのか、目の前の男の人は微笑んでいる。
「そうなるわね」
落ち着くためにコーヒーに口をつける。
やっぱり、『灯火』のコーヒーはおいしい。
「……それで、きみは誰から受け継いだの?このちから」
――――え?
今、なんて? 受け継ぐ?
「受け継ぐって。わたしは生まれたときからこの目を持ってたけど……わたしたちの持ってるこの目って、誰かに受け継がせられるモノなの?」
とりあえず、冷静に聞き返す。
「……生まれた時から、持ってるの?」
どうやら目の前の男に人からすれば、この目は誰かから受け継ぐのが当たり前みたいだ。
「ええ、ここまできたら話すけど、わたしの一族はこんな力を持ったのが生まれる確率が高いのよ。わたしの場合はこの� �だったんだけど、基本的にはみんなバラバラの力を持って生まれるの」
「そうか。……だったら、この力の事も僕ほどよく知らないんじゃない?」
どうやら、人間的には人の良い部類に入るようで、わたしが自分のことを話した見返りに自分の知ってることは教えてくれるみたいだ。
「そうなるわね。教えてくれない?」
今ここで得られる情報は、わたしにとっては非常に役に立つ。
聞かせてもらっておいて損にはならないだろう。
「わかった。まず最初にこの力の名前だけど、『死に神』って僕の家では呼んでる。文字通り人の『死』を操れるんだからね。能力の詳しい話は少し後にするよ。
次に、この力は僕の母親から受け継いだものなんだ、僕が丁度三歳のときに母親が他界してね、その時に受け� ��いだ。本来ならもっと後、自分の子供が十五歳のときに受け継ぐものなんだけどね。
代々僕の家に受け継がれてきたもので、自分の中に入ってきたときには三日三晩まともな精神状態じゃいられなかったよ。きみは生まれたときからだからいいけど、生まれた後でこの力を手に入れるとねかなりの苦痛を味わうことになっちゃうんだ。頭の中をこの力を使うために作りかえられてるんだと思うよ」
そこで一度言葉を切ると、じっ、とわたしを見てくる。
どうやら、ここまでの話しで、わたしの知ってることとの食い違いを聞きたいみたいだ。
「わたしはこの眼のこと、名前付けてないのよ。『死に神』って名前も今初めて聞いたの。――――でも、この目はあなたの言ってるように『死』を操るなんてことなんて、で きないと思うんだけど……」
この目では見ることは出来ても、操ることはで出来ない。
「……うーん。さっきからおかしいと思ってたんだけど。もしかしてきみ。見てるだけなの?」
男の人は腕を組んで考え込んでいる。
……?
どういうことだろう、わたしの力は人の『死』を見ることではないのだろうか?
人が後どれくらいの『量』生きていられるか、を見ることの出来るのがわたしと目の前の男の人の持っている『眼』ではないのだろうか?
わたしも黙っていると、男の人が顔をこっちに向けた。
「そっか……生まれついての『死に神』はそうなんだ。力を持っていても力の使い方を持ってるわけじゃないんだ。てっきり使い方も備わって生まれてくるものだと思ってたけど。そんなわけない んだよね」
それは、どういうことだろう。
なぜかわたしの頭はそれ以上のことを考えられない。
いろいろと考えていることはあるはずなのに、頭が動いてくれない。
――――思考してくれない。
だから思ったことを素直に聞き返した。
「どういうこと?」
「…………きみはこの『死に神』をおもいっきり勘違いして使ってるんだ。さっきからきみは『見る』と言ってるけど、それは間違い。僕たちは目で『見』ているんじゃないんだ。頭の中……多分、脳自体が感じたことを能力者自身が感じやすくするために眼に映してるんだと思う。きみはそれを『目』が人の『死』を見ているように感じてるんだ」
「――?それは、どういうこと?」
わたしの頭は本当に何にも考えられない。
男の人� �言葉を理解してしまうと……考えてしまうと、考えたくない最悪の結果を出してしまいそうだから……
「つまり、『死に神』は眼じゃなくて。自分自身、全て指してるんだ。きみが使ってるのはそのうち眼に映る『死』の『量』だけ……」
「――――そんな、それじゃ……わたしは」
――――わたしは。
見ていただけ?
観ていただけって事は……
だめ、それ以上は考えたくない。
「うん、この力は……見ることがもっとも初歩的なこと、普通の人がものを見るのと同じことが出来るんだ。
周りの人には見ることができないけど、僕たちには『ソレ』が見えるんだから。
――――例えるなら、そうだね、目の見えない上に耳も聞こえなくて、体が動かない人、本当に何にもできない人を普通の� ��と例える。
僕たちはその人と違って、普通に歩いて、喋れて、両手で物に触れられる。
……わかり辛い例えだけど。ゆっくり自分の中で納得してくれると嬉しい」
そんな、だったら……
彼がせっかくわざと分かり辛い表現でこの力――『死に神』を説明してくれたのに。
わざと、その一言だけを意図的に使ってないのに。
せっかく、わたし鷹縞涼未が認めようとしていないのに……
だめだ、わたしの頭が勝手に、結論をだす。
「………………つまり。つまり、見ることもできて、触れて。現実に在る物と同じように、人の『死』を扱えるってことなの?」
「うん」
……つまり。
わたしは、人の『死』を彼の言ったように操れる。
それは文字通りの意味で。
多分、� �れることもできる。
――――本来なら触れることのできない人の命をわたしは操れる可能性を持っている。
見るだけでは飽き足らず、触れる…………
そんな、だったら、わたしは本当の死に神じゃないか。
「……僕はこの力を受け継いだときに、力が暴走して………母さんの『死』を見た。でも、それがなんだったのか気がついたときには母さんはいなくなってた。その後も見たくないモノばかり見えてね、力をコントロールできるようになるまでほとんどずっと一人で部屋にこもってた」
だから、きみもゆっくりとこの現実を受け止めるんだ。と目が語ってくれてた。
「…………教えてくれて、ありがとう」
この力の現実を教えてくれた目の前の彼への、お礼。
それがわたしの、この事実を教えてもらって一番最初にしようと思ったこと。
「………………………………うん」
彼はわたしの顔をじっと見て微笑んでくれた。
それを見て、落ち着いた。
「は� ��、ありがとう。こんな話し、あなた意外に話されたら絶対に認めてなかったと思う」
あれからしばらくたった。
目の前の彼はすでにコーヒーを飲み終わっている。
「うん、わかるよ。こんな話し、目の前にいるやつの残りの命を見ながら話されたら、きっとまともじゃいられない」
「……そうね。でも。わたしはこの力がいつでも使えるわけじゃなくて、時々見えてただけだから。わたしからじゃああなたは見つけられなかったと思う」
目の前の彼はともかく、わたしは自分の意思とは関係なく時々見ていたから、今まで生きてこれたんだ。
本当に、今のわたしはそう思う。
「へえ、生まれついての『死に神』は能力自体が不安定なんだ」
「みたいね、あなたみたいに四六時中見ることはできないの� ��
「うらやましいよ」
そのまま無言。
でも、嫌な無言じゃない、なんとなく自分のこの力を知っていて持ってるっている安心感がある。
「………もう一時半ね」
「そうだね」
彼もやっぱりリラックスした顔でぼーっと窓の外を見ている。
「何か食べましょう?わたし昼食食べてないの」
「うん、だったら奢るよ。後をつけていったお詫び」
「……じゃあ、わたしもあなたの分奢るわ。この力のことを教えてくれたお礼」
そんなわけでわたし達は少し遅めの昼食をとるる事になった。
「すいませ〜ん。水香さーん」
わたしは奥にいる水香さんを呼ぶ。
は〜い、なんてやっぱりのんびりした声が聞こえてペタペタと音が聞こえてきそうな足取りの水香さんがやってきた。
「わたし� ��いつものお勧めで」
「じゃあ、僕もそれ、ください」
「は〜い」
注文を取った水香さんが少し大きめに作られてるカウンター兼厨房の中に入っていく。
「ここ、よく来るの?」
彼がわたしに問いかけてきた。
「ええ、穴場中の穴場よ」
ここ『灯火』は知る人ぞ知る隠れた名店。
マスターの橘 水香(たちばな すいか)さんが一人で切り盛りしてる。
料理のレシピは彼女のお父様直伝で本場仕込みのフランス風。
……といっても、出すメニューは殆どその辺の喫茶店と同じなんだけど。
「へえ、四年くらいこの藤彩市に住んでるけどぜんぜん知らなかったよ」
「でしょうね、わたしもここには二年くらいしか住んでないけど。教えてもらわなかったら絶対に知らなかったわ」
教えてくれた人の顔が浮かぶ。
「へえ、教えてくれたのは君が好きな人なんだ」
ぶっ。
突然なにを言うかと思えば。
「な、なに言うのよ。そんなんじゃないわ。ただのクラスメイトよ、ク・ラ・ス・メ・イ・ト!」
ああ、もう、そんなんじゃないのに何でこんなにあせっているの。
これじゃあ余計に勘違いさせてしまう。
「そうかな、これでも僕、人の顔を読むのは得意なんだけど」
「気のせいよ、気のせい。確かに教えてもらったのは男の子だけど。そんなんじゃないわ」
「ははは、わかったよ。そういうことにしておく」
彼はニヤニヤとしてる。
「しておく。じゃなくて、そうなの!」
どうしてわたしはこういう事で茶化される事に弱いんだろう。
もう耳まで真っ赤なの� �わかる。
「はは。きみ、本当にこの手の話しに弱いみたいだね」
なんて言う。
何とか仕返ししたいけど、それすら思いつかない。
考えたくないのに、さっきからあの人の顔が浮かんでは消えてくれない。
「そ、そろそろからかうのもいい加減にして……」
「わたしも聞きたいですね〜」
――――な。
不覚、気がついたときにはもう遅い。
「……いつからそこに?まさか聞いてました?水香さん」
そう、いつからいたのか両手に料理の乗ったトレイを持ってニコニコ顔の水香さんが居る。
「うふふ、今来たところですよ」
なんて、湯気の立ち上る料理の乗ったトレイをテーブルに置く。
「ふふふ〜。やっぱり望月くんですか?だったら倍率は高いですね〜」
なぜか立ち去ろ� �とせずにわたしに話しかけてくる水香さん。
「へえ、望月くんか。会ってみたいな」
と、マイペースな彼。
「ええ、お客さんなら決して引けはとってませんよ」
彼を応援する水香さん。
「……水香さん?なにかカンチガイしてるみたいですけど?」
「あら?違うんですか?わたしてっきりそうなのだと思ってたのに」
本当に残念そうな表情の水香さん。
天然なのはここだけの秘密だけど、ついでに勝手な思い込みも激しい。
「ち・が・い・ま・す!」
「残念ながら違いますよ。ぼくと彼女はそんな関係じゃありません」
「まあ、息もぴったり」
うわぁ。
どうしよう、水香さん完全に信じ込んでる。
絶対に誰かに言っちゃうよ……
「それでは、後は若い二人に任せて。年 寄りは消えますね〜」
「ちょっと、水香さん」
水香さんは自分の店の大きさを完璧に把握しているのか振り返ることもなくズザァァっとすごいスピードで店の奥に消えていく。
「…………しょうがない、食べましょう」
「……うん」
――――確か水香さんってわたしとほとんど年は変わらないはずなんだけど……
店を出る頃には三時になっていた。
あと一時間もすれば学校帰りの学生達でこの商店街もごった返すだろう。
「あなた、これから予定あるの?」
なんとなく、もう少し彼の話を聞きたかった。
「予定かい?うーん、実はちょっと、ある」
「そう、残念ね。もう少しだけ話しを聞いてみたかったんだけど」
「そうか。だったら、僕の携帯の番号、教えておくよ」
そう言って、ポケットからメモ帳とペンを取り出すとさらさらと書く。
「はい」
「いいの?」
差し出された紙を受け取ってから、聞き返す。
「もちろん、せっかく出会えた仲間だからね。困ったことがあったら遠慮なく電話して」
そう言ってもらえるのは素直に嬉しい。
「� �りがとう」
「あ、まって、わたしの番号は……」
「あとで、その番号にかけておいてくれればいいよ。それじゃあ、僕はこれで」
言い残して早足で立ち去る彼……って
「わたし、彼の名前聞いてない………………」
もう角を曲がって彼が消えた時になって思い出した。
しょうがない、今度あったときにでも聞こう。
そう思ってわたしは家の学校の生徒に見つかる前に自分のマンションに帰ることにした。
……………携帯になんて名前で登録したらいいのか、その日の夜に頭を抱えることになるんだけど、それはその時の話し。
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