[最後と起まり]prologue
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[十一月十三日(火曜日)]
――――世界に見放された人は人ではない ヒト と成るしかないのだろうか。
もう少し後で使うことになると思っていた買ったばかりのコート、外はそれがないと歩けないくらいの寒さ。
季節は冬。十一月も中頃に差し掛かった。
寒いのも当然といえば当然。
――――そこは、蒼く白い世界。
目の前には太陽の対となる月に照らされた世界。
太陽が昇っているときとはまったく違う、もう一つの世界が広がっている。
こんなに明るいのに、世界を照らす蒼月は欠けた半月。
――――そのただあおく、蒼く澄みきった色をした蒼月の真下で、� ��たし鷹縞涼未(たかしますずみ)は彼の最期を看取る。
それが唯一つ残されたわたしが彼にしてあげられる、コト。だから。
彼は私のひざの上に頭を乗せて唯ただぼうっ、と空を見ている。
その虚ろな眼は日本人の黒い瞳でありながら月の光を微かにだけど返し光っているように見える。
まるで、太陽と月が日々行っている行動を、月と彼がしているように見えて――――私も月を見上げた。
あと数時間もすればこの月も空の彼方へ行ってしまい、まぶしい太陽が昇ってくるだろう。
視線を落とすと、彼はまだ月を見ている。
でも、まぶたはあと少しで閉じてしまいそう。
そんな彼を見る、彼はわたしより年上で、だって言うのにその表情や顔つきを見ているとわたしよりずっと年下に� ��見える。
名前は、結局――――最後まで聞かなかった。
だから、最後の最後のこんな状況でも。
わたしの中で彼は『彼』のままだった。
一週間前。
初めて彼と出会った、その時のことは忘れたくても忘れられない。
今ならきっと、どんなにくだらない事も思い出せる。
でも、それはできない。
今、『結果』である彼の最期を看取っているわたしには過去を思い出して泣いてあげることはできないから。
それに、一言も言葉にはしていないけど、彼は自分のことは忘れてほしいと想っていた。
ほとんど『遺言』に近い彼の想いを、わたしは守ってあげたい。
でも、これが最期なら、最期の最後なんだから、しっかりと思い出してそれをずっと心の奥に留めて置いていいで しょう。
[死を掌る]/1
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七日前[十一月六日(火曜日)]
目の前には一人の男の人、正確な年齢まではわからないけど多分二十代前半くらい。
場所は喫茶店『灯火』。
商店街の中にある店で実は隠れた名店だ。
わたしは店に入るなり店のマスターである水香さんにコーヒーを頼んだ。
マスターと言っても水香さんは女性だけど、だれもそれに突っ込まない。
「…………で、さっき言ってた言葉の意味、聞きたいんだけど」
「……その、ゴメン。やっぱり忘れてくれないかな?後をつけたのは謝るからさ」
「答えになってないわ。わたしはあなたが言った言葉の意味を教えてほしいんだけど」
じっ、と目の前の男の人の眼を 見る。
――――もし、彼がそうなら。
彼が、わたしの予想の通りなら。
彼は――――
その日の朝は、十一月になって初めての雨が降っていた。
もう十一月というだけあって雨は肌寒く、少し前のように蒸し暑い中で雨が降るなんてことはなくなった。
ただ、ただ冷たいだけの雨が外では降っている。
わたしはその雨が厭だ、という単純な理由だけで学校をサボって部屋で寝ていたりする。
マンションの一室がわたしの部屋で現在は一人暮らし。
だから部屋の中にいても誰にも文句を言われないし、ついでに心配もされない。
今は朝の九時、テレビで朝の運勢を見ながら自分の携帯を見る。
学校では丁度朝のホームルームが終わった頃だ、そろそろ携帯が鳴る。
ヴヴヴ� ��ヴッ、ヴヴヴヴヴッ。と少ししてわたしの携帯が鳴る。
それを手にとる。
届いたのはメール、内容まで私の予想していた通りだった。
――今日も休むの?
それともちゃんと、午後からは出てくる?
ちゃんと返事ちょうだい――
メールの内容はそれだけ。
差出人は私の友人でクラスメイトの織夜藍(おりやあい)。
簡潔に必要なことだけを書いたその女の子らしくはない事務的な内容の通り、彼女はしっかりとした人間だ。
…………わたしも絵文字とか変な略語なんて使わないけど、せめてもう一言二言でいいから欲しかったりする。
「わたしからの返事の内容は変わらないんだけどね」
呟いて、メールの返事を打つ。
一人で、物音一つしない部屋で携帯をいじる。< br/> わたしは携帯を年中マナーモードにしてあるのでテンキーのプッシュ音もしない。聞こえるのは微かなカコカコと携帯自体からする音。
それも外から聞こえる雨と風の音でかき消される。
現実離れしてるくらいに、外からする雨以外聞こえない。
――今日は有給――
さっさとエンターキーを押して送信。
携帯を机の上に置くとベッドに潜り込む。
……寝よ。
ベッドの中にはいるとすぐに眠くなってきた。
雨の音が余計に眠気を誘う。
「雨の音は好きなんだけどね」
濡れるのが気に食わない、なんて藍に言ったらどんなことを言われるだろう。
その後、目が覚めたのはそろそろ昼時の十一時半。
こんな時間に目が覚めてしまうのは、困ってしまう。
今から学校� ��行けば、ちょうどお昼休みに間に合う。
ちょうど、学食でお昼が食べれておまけに午後からの授業に出れる。
…………なんていうか、それは魅力的だ。
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